8日目/ドラマティック

雑文

 シフトを確認して「うわ、まじかー」と思った。

 晴美さんと一緒だった。

 それも、今日だけじゃなくて、明日も日曜日も一緒だった。

 つまり、今月のシフトは全部晴美さんと一緒ということだ。

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 レストランでアルバイトを始めて今日で8日目。

 先日初めての土日勤務を終えたので、幾分気持ちが楽になってきていました。

 前みたいに、重い気持ちではない。

 ほんの少しだけど、新しい環境にも慣れたのかもしれません。

 それでも、晴美さんは苦手です。

 晴美さんとかぶって何かを言われなかった日は一日もない。

 なので今日も何か言われる可能性は大だった。

 お店に入る前に「どうか忙しくなりませんように」と祈った。

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 忙しかった!

 そしてまあ怒られた。

「ダスター、こう折ってくれてるけど『こう』だから!」
「手ぶらで帰らないで何か持っていったら?」
「いまやってんだからちょっと待つとか出来ないの?」

 その他もろもろ。

 あるとき、お冷を持っていったらまだお連れ様が来ていなくて「あとで持ってきて」とお客様に言われた。

 戻ってきてお冷を戻そうとしたけれどそこに晴美さんがいたので念のため報告をした。

「お冷を持っていったんですけどまだ来られてなかったので来てから持ってきてと言われました」

「どこ? 誰が?」

 言い方がまずかったのかなと思い、ゆっくり丁寧に話した。

「22番です。3名様なのですがまだ2名様来られていないので来てから持ってきてと言われました」
「ああ、お連れ様ね」
「はい。お連れ様が来られていないので来てから持ってきてくださいとのことです」
「それ、アイちゃんにも言ってね」
「はい」

 萎縮していると自覚した。

 何か言われないかと神経を張りながら話している自分に気づいた。

 話しかけづらいオーラ満開だった。

 だからイヤなんだ。一緒に入るの。

 そばに居るというだけで、何か見られているような気がするし、それで何か言われやしないかと心持ちびくびくする。

 働きづらい。

 やれやれだ。

 だけどいまのところ自分に非があるので素直に受け入れることが出来る。

 言い方にちょっとトゲがあるけれど、まあいい。

 もっと陰湿で嫌な人っていうのは世の中に居る。

 例えば営業をやっていたときの所長や川田なんかだ。

 所長は高圧的で威圧的であったし、理不尽なことを言ってくるし、そのうえ仕事中に職場のパソコンでガンダムのゲームをしているような人だった。

 川田なんかはもっと陰湿で一緒に居るのが嫌で嫌でしかたがなかった。

 キャバクラで働いていたときの地区長は平気で暴力を振るうし何のためらいもなく部下の頭を靴で踏みつけるしバインダーで頭を何度も叩いて血を流させるし机もぶん投げるし売上の少ないところの社員の給料を「それで足りない売上を補填しろ。全部な」なんてことも言えちゃうようなヤクザだった。

 僕は過去にあった辛いことを思い出して「それに比べればいまはましだ」みたいな考え方は好きではないけれど、そういう人たちに比べたら晴美さんなんて「ちゃんと気がついたところを注意してくれるいい人」に思えなくもない。

 なので別に苦痛で嫌だけど「まあいいや」と思っている。

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 お店も落ち着いてきて晴美さんが休憩に入った。

 やることもなくなってきたので良かった。何もしないでいたら何か言われるだろう。

 アイさんが話しかけてくれた。

「どう? 慣れたー?」
「まだまだですけど、前に比べれば」
「晴美さん性格悪いからあれだけど、晴美さんを除けばみんないい人だから働きやすいと思うよ。たまにえりさんが更年期発動してああってなるけど」

 僕はなんとなく苦笑いしていた。

 実は(僕が)ここで働きはじめてからアイさんは「晴美さんは性格悪いから」と3回も言っている。

「え? 言っちゃう? それ」と思うけどリクさんも頷いていたし、アイさんももしかしたら以前はいろいろと言われていたのかもしれない。

 性格悪いとは思っていないけど、嫌な気分になっているのが僕ひとりではないということがなんとなく心の支えでもあった。

 と、いうことは晴美さんが居なくなれば楽園じゃないか、と思った。

 だけど多分居なくはならないだろう。

 そしてまた、せっかくしごかれているので、この際だからちゃんと吸収して成長して晴美さんに認められるようになってみたいという気持ちもある。

 厳しいからといって、悪い人間ではないと思う。一緒に入りたくはないが。

 居なくなってくれた方が気持ちは楽だけど、なんとなくそれは寂しくてつまらないようでもある。

 ここは頑張ってみて、何ヶ月、何年後かに晴美さんの口から「しょう君も入ったばかりのころは全然ダメだったけどいまは充分な戦力だよ」みたいなことを言われればなんか美談っぽくなる。

 ドラマティックだ。

 今日もなんとか終えることが出来た。無事ではなかったけれど。

 レストランでのバイトが終わったあとはもみ屋さんの方に行った。ダブルワークなのである。

 だけどもみ屋は暇だったので仕事という仕事はせずに帰った。

 明日仕事をすれば連休がもらえる。

 できれば明日は無事に過ごしたい。

 今日もお疲れ様です。

 

 

 

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