見えない未来

雑文

 仕事は4時に終わったが5時半までお店に残っていた。

 どうしてそんなことをしているのかというと、会いたい人が居るからだ。

 最近僕は、いつも寄るコンビニの女の子のことが気になっている。

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 5時半になり、お店を出てコンビニに向かった。

 コンビニまでは5分とかからない。

 そのあいだ、頭の中でシミレーションをしていた。

 何度もシミュレーションしたセリフだ。

 いままではただお会計をするだけの間柄だったが、僕はそこから進展が欲しくて何か声を掛けたいのだ。

 一分もかからないセリフ。大したことではない。ただ、言えばいいのだ。

 接客業をしているから分かるけれど、お客さんの顔なんていちいち覚えていない。

 だからきっと僕もそうだろう。

 「ただのお客さん」から抜け出したかった。

 まずは「認知」されたい。そこを目指している。

 コンビニの駐車場に着いた。

 いつもなら車が1台か2台しか止まっていないのに、珍しく5台も止まっていた。

 空気が冷たく、空も曇っている。なんだか恵まれていない環境だった。

 少し様子を見ようと思って煙草を吸った。

 吸っているあいだに車が減ることを期待していた。

 期待というものは裏切られることの方が多いのかもしれない。

 5台だった車が6台になった。

 仕方がなく自分の車に乗り込んだ。

 Twitterを見て時間を潰していたが、まったく頭に入らなかった。

 10分待った。まったく車は減らない。

 1台消えても、また1台新しくやってくる。

 そのあいだに「おばちゃん店員」が居るのを確認した。

 そもそも今日笹原さんが居るという保証もないのに、僕は待っていた。

 チャンスを待っていた。

 車のエンジンを切っているので、寒くなってきた。

 右隣にまた、車が入ってきた。

 この車が出たら様子を見て中に入ってみようと思った。

 しばらくして、その車の運転手が戻ってきた。

 出るかな? と思ったが、なかなかその車は出ていかなかった。

 うまく、いかない。

 いったいこの人は何をやってるんだとちょっと頭にきた。

「神様、僕にチャンスと勇気とハッピーな結果を下さい」と祈った。

 だけどちっともそのチャンスは訪れなかった。

 もしかしたらそんなチャンスなんて一向に来ないような気がした。

 もしかしたらこれからもっと混むかもしれないし、誰かが去っていっても、誰かがやってくる可能性の方が高かった。

 店内に入って様子を伺ったほうが良いのではないかと考え始めた頃、コンビニの窓ガラスに明るい色の髪の毛が見えた。

 居る。笹原さんは、居る。

 ちょっと目が合った気がした。

 もしかしたら変に思われやしないかと心配する。

 あんまり中を見るのはよそう。

 スマホの画面を見ながら、周辺視野で客の出入りを見ていた。

 時刻は6時になった。

 ラチがあかない。そう思い、車から出た。そのとき、また店内に一人客が入ったので、再び車内に戻った。

 チャンス。チャンスはやってくるのだろうか。不安になった。

 右隣の車はまだ出ていかない。

 もしかしたらこの人も僕と同じ考えなのではないか、なんてことを思った。

 周りに居る人全員が僕の「敵」で、邪魔をしてくるように思えた。

 なんだか、自分のやっていることがひどく低レベルなことのように思えた。

 自分が考えていたセリフも、急に陳腐なもののように思えた。

 もしかしたら引かれるのかもしれない。

 でも、このまま帰りたくない。進展したい。笹原さんと、仲良くなりたい。お話したい。

 逡巡が胸を駆け巡る。

 体が震えているのは寒さのせいだろうか。

「行こう、とりあえず店内の様子を見てみよう」そう、決めた。

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 店内に入ってみると、珍しくおばちゃんがレジに入っていた。それだと、まずい。

 そして、お客さんもいつもより多くいた。3人居た。

 とりあえずトイレに入った。

 用はなかったが、トイレに入り、ちんちんを出せばなぜだかおしっこは出てくる。

 鏡を見て、髪の毛をセットした。

 メガネが曇っている。これじゃあカッコ悪い。少し店内でクモリが消えるのを待とう。

 トイレを出て、いつも買う缶コーヒーを手にとった。

 声が聞こえてくる。おばちゃんの声、笹原さんの声。

 人の動作音も耳に入ってくる。

 いまはまずい。雑誌コーナーで雑誌を見る振りをした。右にはATMをいじっている男性も居る。

 今日は駄目なのかな。でも、このまま帰りたくない。

 今度はスイーツコーナーを見た。新商品のクレープがあった。

 僕はそのクレープを買うかどうか迷っている「振り」をした。

 しばしスイーツコーナーで立ち止まって、耳を欹てていた。

 客は3人、いや、2人か。

 見てはいないが、レジには笹原さんが入っているのが分かる。おばちゃんではない。

 少し考えてから、レジに近づいた。だけどレジには行かず、カップラーメンの棚を眺めた。

 眺めながら、いま行われているお会計の「音」を聞いていた。

 笹原さんだ。だけどいまレジに向かったら「レジお願いしまーす」と言われおばちゃんがやってくる。

 少し待った。

 待ちながら、周りの様子を感じとる。

 お会計が終わった。

 待っていてもチャンスはやってこない気がしたので「行く」ことにした。

 いつのまにか僕はコーヒーの他にレモンティも持っていた。

 僕は緊張なんてしない人なのに、何か変だった。

 レジ台にコーヒーとレモンティを置く。それから、「あと、」と煙草の棚を見て「112番下さい」と言った。

 あれ? おかしい。笹原さんを見ることが出来ない。

 正視することが出来ない。視界の左側におばちゃん店員が商品をチェックしているのが確認された。

 めっちゃ近い。あ、駄目だ、これは。でも、まだ心は揺らいでいた。シミュレーションでは、お釣りを貰ったあとに「セリフ」を言うのだ。

「ポイントカードはお持ちですか?」

 ポイントカード? 咄嗟に目を正面に向けたら笹原さんと目が合った。
可愛い♡ と瞬時に思ってしまう。

「あ、はい」と言えたのかどうかも分からずに僕は財布の中からポイントカードを取り出し機械に差し込んだ。

 お会計は800いくらで、千円札と端数の小銭を出したら200円のお釣りが返ってくる。

 僕はそれをトレーの上に置いた。

 トレーの上に、お釣りとレシートが返ってきた。

 僕はそれを、受け取る。

 何も、言えなかった。

 何も、言えなかった。

 あれだけ自分を奮い立たせ、「今日こそは」と思っていたのに、何も言えなかった。

 もどかしさと、悔しさを抱えたまま最後に顔を見たくて笹原さんを見た。

 可愛い。とやっぱり思ってしまう。

 今日は、駄目だった。すべてがブレていた。チャンスの神様は微笑まなかったし、勇気も出なかった。

 気がついたらうしろに人が並んでいた。ドキリとする。

「言わなくて、良かった」と思った。

 もし、うしろに人が居るのに余計なことを言っていたらただの迷惑な客になってしまう。

「この人は自分のことしか考えない人だわ」なんて引かれてしまう。

 マイナス点は絶対に駄目だ。

 一度嫌われたら、終わりである。

 車に乗り込み、買ったものをカバンにしまい、ため息をつく。

 神様に恵まれなかったのではなく、「考え直せ」と言われているような気がした。

 あの状況で変なことを言わなくて正解だったと思うとある意味今日の結果はありがたいのかもしれない。

 今日は、撤退だ。

 次のチャンスは日曜日。

 僕は作戦を変えた。

 これならずっとハードルが低くなるし、不自然でなくなる。

 早く、と胸が焦がされるが、落ち着かなくてはならない。

 僕は焦っていたのだ。何もしないでいると、そのうちに笹原さんが他の男に取られてしまう気がしてならなかった。

 だけど、よくよく考えてみたら、自分が立てた計画も良くないのかもしれない。

 2月の24、25日が連休なので、出来ればそこで笹原さんをデートに誘いたかった。

 だから焦っていたのだ。

 「認知」「会話」「誘い」。

 僕は考え直す。「誘い」を断られないためには、時間が必要なのかもしれない。

 認知され、信頼関係を築くことが、いま最も大切なことだ。

 24、25日は諦めようと考え直した。

 帰りの車の中、一瞬だけ合った目を思い出す。

 可愛い。

 可愛い。

 その目を、ずっと見ていたいし、見つめ合っていたい。

 誰にも渡したくない。そんなエゴが、胸の中に黒く広がっていく。

 神様、お願いします。どうか、どおか。

 どうか、うまくいきますように。

 「見えない未来」は、もう少し続きそうだ。

 

 

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