歓びの種

雑文

 『歓びの種』はYUKIちゃんの12枚目のシングル。

 YUKIちゃんはJUDY AND MARYのころから好き。

 ちなみに『歓びの種』は実写版映画『タッチ』の主題歌だとか。(いま知った)。

 『タッチ』は有名なマンガで僕も読んだことがあります。スポーツも野球も全然興味がないのですが、面白いマンガでした。

 『タッチ』と言えば「呼吸を止めて一秒あなた真剣な目をしたから、そこから何も聞けなくなるの星屑ロンリネス♪」という歌が有名ですが、その歌をヴィジュアル系バンドのRaphaelがカヴァーしています。

 そしてそのRaphaelのボーカルがYUKIという名前なので面白い繋がりがあるなぁと思いました。

 さてさて、今日はお仕事の日。

 平日のランチなので大丈夫だろうと思っていましたが念のため神様にお願いしてから職場のドアを開けました。

 神様はやっぱり気まぐれなのですべての願いを叶えてくれるわけではありませんでした。

 忙しかった、です。

 それでも問題なくこなしていて何一つ怒られませんでした。

 オーダーも平日のランチなら問題もなく出来るようになりました。

 仕事をしながら、「あ、役に立ってるぞ、俺」と感じられるのはとても気持ちが良いものです。

 仕事してる感があります。

 レストランでの仕事が終わったのは午後の4時です。

 デシャップもそこそこ片付けられたので良い方だと思います。

 控え室には晴美さんが居ました。特に話すことはありませんが、前ほど緊張はしなくなりました。

 最近は晴美さんが冗談を言ってくるので苦笑いしか出来ませんが少し信頼関係のようなものが出来つつあるのかなと思うと嬉しいことです。

 煙草を吸い終えて挨拶をして帰りました。

 帰るときに晴美さんが食べたごはんの食器が空になっていたので下に降りるついでに持っていきました。

「いつもありがと」と言ってくれました。良いことはするもんだ。

 レストランの仕事が終わったあとは「もみ屋」さんに行きます。

 ダブルワークなのです。

 フリー出勤なのでご予約が入らなければ早く帰ることが出来ます。

 控え室でただただ寛いでいました。

 そんな日があっても良いでしょう。

 退勤ボタンを押してお店を出ると空は暗くなっていました。

 コンビニへ向かいます。

 火曜日は笹原さんが居るはず。

 駐車場に車を止めて店内に入りました。

 空き缶を捨てて、アルコール消毒をする。

 レジには誰も居ませんでした。

 とりあえずトイレに向かいます。

 鏡を見て髪の毛の乱れを直してから深呼吸しました。

 トイレを出るとコールドショーケースからいつも買う缶コーヒーを手に取ります。

 今日は2つ買うことにしました。

 笹原さんいるかなぁと耳をそばだてます。何やら店員さんの声が聞こえてきますが笹原さんの声ではありません。

 少し店内が混み合っているようでした。

 レジに誰が居るのか確認したかったけれどまじまじと見るわけにはいかないので少し様子をみることにしました。

 このままレジに向かうとその「笹原さんではない声の人」に当たりそうだったので時間を稼ぎます。

 そういえば机を拭くウェットティッシュを切らしていたなと思い出しウェットティッシュを探しました。

 ありました。

 いくつかあったのでそれを選んでいるうちにレジも空いてきました。

 良さそうなのをひとつ手に取ってレジに向かいます。

 すると、奥の方で人影が見えました。

 居るぅ!

 明るい色の髪の毛が見えました。だけどこちらには気づいていない様子。

 とりあえずレジに商品を置き、待ってみました。

 すみませんと言おうかどうか迷っていると、笹原さんが気づいてくれました。

 レジに入ってくれる。可愛い。見とれてしまう。

「こんばんは」と言おうとしましたが言えませんでした。

「あと、146番下さい」といつもどおりのことを言う。いつもどおりに煙草を取ってくれる。

 お会計が千円近くなりました。

 千円札と7円をトレーに置きます。

「ポイントカードはよろしいですか?」

 ポイントカードのことなんてまったく頭になかったので少しびっくりしました。

 お財布からカードを取り出して機械に差し込む。

 お会計を済ませる。

「あと、」と僕は言いました。

「これ、よかったら、どうぞ」そう言って、2本買った缶コーヒーのうちの1つを前に差し出しました。

「ありがとうございます」と言って笹原さんは笑ってくれました。

 なんて可愛い笑顔なんだろうと思います。

「あ、そんな、悪いです」とか「大丈夫です」とか「コーヒーは飲めないんです」なんて言われたらどうしようと思っていましたがちゃんと受け取ってもらえたので良かったです。

 それに、笑ってくれたのが何よりも嬉しい。

 僕は笹原さんを笑わせるために生きているのかもしれない。

 しっかりとその笑顔を脳に焼き付けました。

「今日もお疲れ様です」と会釈をして去りました。

 心の中で「よし」と拳を握って車に乗り込む。缶を開けてコーヒーを二口飲む。

 あ、カフェオレとかにすれば良かったかなと思い直したけれど、でもま、受け取ってもらえたのだから良いだろう。

 笹原さんが休憩に入ったときか、お仕事が終わったあとに、飲んでくれるはずだ。

 その、飲んでくれるときに、きっと僕のことを思い出してくれるのを期待している。

 記憶のインプットにおいて、「思い出す」という能動的な脳の働きは重要なのである。

 またひとつ、僕の存在を笹原さんの頭の中にインプットすることが出来た。

 作戦成功である。

 もしかしたらコーヒーは飲めなくて同僚のおばちゃんに渡してしまう可能性もあるけれど、それはそれで仕方がないのでどうしようもない。

 受け取ってもらえたことが大切なのだ。思い出してもらう、考えてもらうことが大切なのである。

 とりあえず僕はうきうき気分で家に帰った。

 帰り道の車の中でYUKIちゃんの『歓びの種』が流れた。

 そうだ。僕はいま種を蒔いているのだ。育てているのだ。

 まだ花は見えないけれど、いつか咲く、可能性がある。

 その「可能性」こそが、希望なのだ。

 いつか絶対に笹原さんとデートするぞ、今日もそんなことを思う僕なのでした。

 

 

 

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