もう戻れないあの日を生きている。

雑文

「ドライブに行こう」と言い出したのは奥山さんで、僕はなんとなく思い出作り的なことをしたかったのでその提案に乗った。

 それに、明田さんも一緒だったからだ。

 明田さんは僕よりも4歳年上の大学生で、とてもお世話になった先輩だった。

 いまから20年前の話である。

 もしかしたら奥山さんは明田さんのことが好きではないかと思っていた。

 夜のドライブに明田さんを誘いたいけれど、いきなり二人きりだと下心が見えてしまうので「みんなでいく」という体(てい)で僕を誘ったのだろう。

 まあいい。

 メンバーは僕と奥山さんと明田さん3人だけだった。

 僕も奥山さんも明田さんもホールのメンバーだった。

 いまでは「ガスト」に変わってしまったけれど、当時は「すかいらーく」だった。

 僕が初めてアルバイトをしたファミリーレストランだ。

 働いていたのはたった11ヶ月だけなのだがとても濃い思い出がある。

 自分がのちに様々な飲食店で働くようになるのもそこで働いていた経験が元になっている。

「こんな風な接客をしたい」と憧れたのも、明田さんの仕事ぶりを見ていたからだ。

 僕は高校生だったので夜の10時までしか働けなかった。

 10時に僕は上がった。たしか奥山さんは明田さんを家まで迎えに行っていたと記憶している。

 少し待った。

 夜10時以降に外に遊びに行くなんて初めてのことだった。わくわくする。

 3人揃うと奥山さんの車に乗って僕らは出かけた。

 まず、サイゼリアに寄ることになった。最近出来たお店だった。

 サラダを食べたのを記憶している。オリーブがのっていた。メインで何を頼んだのかは忘れてしまったけれど、「安いな」と驚いたことは覚えている。

 自分でも払えた金額だったけれど、僕の分は奥山さんが払ってくれた。

「払いますよ」と言ったけど「いいのいいの」と言って奢ってくれた。

「こういうのはね、先輩が払うもんなの。だから返さなくてもいい。しょう君が大人になったらそのとき後輩に奢ってあげてね」と奥山さんは僕を諭した。

 食事を終えると、いよいよドライブが始まった。

「どこに行くんですか?」

「海賊船」

「海賊船?」

 焼津だっただろうか。静岡市を越えた先にある海岸に折れた海賊船が砂浜に刺さっている有名な場所があるらしい。へー、と僕は思った。

 うん。こんなだった。(いまネットで調べてみた)。

 僕は、「移動」が昔から好きだ。

 目的地よりも、目的地に行くまでの移動時間が好きなのだ。

 奥山さんが車を運転し、助手席に明田さんが乗り、僕は後部座席に乗っていた。

 車窓から見える景色を僕は楽しんでいた。

 トンネルに入り、オレンジ色の光がやってきては消えていく。

 京都の大学に行くことが決まっていた。もう少ししたら高校を卒業する。すかいらーくも辞めることになる。

 様々な思い出を僕は辿っていた。

 30分から40分くらいだっただろうか。夜の道は空いていた。海賊船に着いた。

 真っ暗な砂浜に聞いたとおりの船がぶっ刺さっているのが見えた。夜なので、周りに人は居ない。寒い季節だった。

 少し、海賊船に乗ってみた。

 木で出来ているところがリアルだった。

 5分くらい遊んでから僕たちはその場を去った。

 次に向かった先は「灯台」である。

 ↑いま、ネットで調べてみた。

 御前崎市にある静岡県最南端の灯台だった。

 車から出て、冷たい風を感じながら階段を上った。

 海が見えると言うのでいい景色なのかなと期待していたけれど目の前に広がった景色は想像と全く違っていた。

「怖い」と僕は震えた。

 真っ黒が広がっているのである。空よりも黒い。べったりとした黒が視界の隅から隅まで広がっていた。

 その海の黒さは駿河湾の深さを想像させ、僕は戦(おのの)いた。

 灯台に来たのも初めてだったし、夜の怖い海を見るのも生まれて初めてだった。

 時刻は深夜の零時を越えただろうか。

「そろそろ遅いから帰ろう」ということになった。

 たったそれだけのことなのに、20年経ったいまでも鮮明に覚えている。

 下心があったのかはさておき、思い出を作ってくれた奥山さんには感謝したい。

 そんな高校時代の思い出を今朝お店の窓ガラスを拭きながら回想していた。

 あの頃には、もう戻ることが出来ない。

 明田さんはもう大学生ではないし、僕も高校生ではない。奥山さんももう20代ではない。

 戻りたいとは思わない。

 楽しかった思い出は沢山あるけれど、過去に戻りたいとは思わないのだ。

 だけどその分「今」の儚さを感じる。

 今日こうしてお店の窓ガラスを拭いている日常も、20年経ったら「戻れないあの頃」になっているのだろう。

 いまから20年経ったら僕は58歳だ。

 58歳からしたら、30代なんて「輝かしい時代」に思えるのかも知れない。

 僕たちは、毎日、もう戻れないあの日を生きているのである。

 

 

 

 

 

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