朝ごはんを食べたあと、二度寝をしていた。すると、祖母が部屋にやってきた。
「東の空に宇宙船みたいな雲があるよ。見てみ」
なんだ、雲か。と思って布団を被り直した。
雲なんてどうでもよかったし、それよりもあったかい布団で寝ていたかった。
寝ていたかったけど、「ちょっと見てみようかな」と思った部分もあったので布団から出て外に出てみた。
東の空を見ると確かに珍しい形の雲があった。
なんとなくその空の写真を撮ってみた。
細かい雲がまるで「補助線」のようになっていて凸レンズで撮ったような写真になった。
写真に収めたことで満足すると、再び布団の中に潜った。
潜って、あと1時間寝ると思っていたけれど、結局起きた。
わたしはふと、四字熟語を思い出した。
その四字熟語とは、「卒啄同時(そったくどうじ)」である。
学ぼうとするものと、教え導くものの息がぴったり合って、相通じること、という意味である。
成長するタイミングとか、教育論を語る上で使われる言葉だと思いますが、その言葉の背景が好きです。
卒啄同時は禅の教えで、「鳥のヒナが卵から生まれ出ようと殻の中から卵の殻をつついて音を立てて、それを聞きつけた親鳥がすかさず外からついばんで殻を破る手助けをすること」から来ています。
「卒」というのは本来は「口+卒」の漢字で「叫ぶ、呼ぶ」という意味です。
「啄」は文字通り「ついばむ」。
何が好きなのかと言うと、「ヒナが自分で外に出ようとしなければ、親鳥はそれに気づかないし、手助けすることもできない」というところです。
わたしはしばらくのあいだウツ状態にいます。
何もやる気が起きないのです。
昨日おとといはほとんど寝ていました。
わたしは現在、統合失調症の療養期間にあります。
去年まではずっと正社員として働き詰めであったのですが、限界がきたのでしょうか、「働けなくなって」しまったのです。
病院の先生が「休みなさい」と言ってくれました。
「休みなさい。診断書書くから。しばらくのあいだは何もしなくていい時間が必要だ。食べて、寝て、ぐうたらしてるだけでいいから。休みましょう」と言ってくれました。
その言葉は本当に救いでした。
そうしたわけで、わたしは「ぐうたら」しているのです。
一ヶ月くらいそうしているので、わたしはそのうち「やることがなくなって」しまいました。
(ほんとうはあるのですが、どうにもこうにもやる気がでない)
たぶんずっとぐうたらしていることに慣れてしまったのでしょう。
このままではダメだな、仕事に行かなきゃと思うのですが、どうにもこうにもやる気が出ません。
やる気が出ないのでゴロゴロしているのですが、そうしてゴロゴロしていると、「自分はダメだ」「ダメな人間なんだ」という気持ちが湧いてきて、ウツになる。
ウツになると、よりやる気が出ないので、寝ることしかできない。
ちょっとした悪循環に陥りました。
そんな折に、東の空を見て、「卒啄同時」という言葉を思い出し、ほんの少しだけ「動く力」を取り戻せました。
自分で「外に出たい」と思わない限り、ずっと「出られない」のだ。
そういうことを、「卒啄同時」という言葉は教えてくれる。
正直、職場に行くことは憂鬱です。出来ることなら会いたくない人もいます。
このまま「辞めたい」というのが「今」の「本音」です。
でも、二年間やってきたという事実はあります。
だから、もしかしたら前のように戻れるのかもしれません。
今は、職場で起ったことにトラウマ的な恐怖を感じていて、なかなかその場所に行きたがらないのですが、「自分が頑張ってきた場所」でもあるのです。
わたしはきっと、そう長くはいまの職場にいないでしょう。
それでも、あと少しだけ、頑張ってみてもいいような気がします。
雑文でしたが、そんな感じで、今日もよろしくお願いします。
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