諦めの象徴みたいな大人になりたくない。
証明する。いつか夢が叶うって。
そう誓ったのは、今から24年前の、高校生の自分。

存在の証明
生活のためにやりたくもない労働をして、仕事終わりに酒を飲んで、タバコを吸って、「人生ってそんなもんだよな」って悟ってる大人たち。
社会に組み込まれた、大人たち。
諦めの目をした、大人たち。
そんな大人になりたくなかったから、私はバンドを組んだのだ。
それでも気が付けば20年が過ぎていて、未だにフリーターをやっている41歳。
何かを悟り、何かを受け入れた自分がそこにいた。
でも、
「ほんとうにそれでいいの?」って、言ってくる人が居た。
それが、になだった。

主人公井芹仁奈(いせりにな)はいじめを理由に高校を中退する。
鬱屈した何かを持っていて、あることをきっかけにバンドを組んで想いを歌にして叫ぶ。
アニメ、『ガールズバンドクライ』では、若い女の子たちの葛藤と衝突がバンドを通して描かれている。

社会に敗れ、統合失調症を持ち、現実世界に絶望している私の中に、棘(トゲ)が刺さった。
一生懸命で、本気で、本音でぶつかっている彼女たちが、私の心にぐさりぐさりと刃を突き立てる。
社会で生きていると、「本音」でいられることなんて、ほとんどない。
ほとんどがウソと建前で、成り立っている。
そうでもしなきゃ、社会で生きていけないからだ。
「ねえ、私は何をしたかった?」
『ガールズバンドクライ』このアニメは私にそう問いかける。
私は、何をしたかった?
あの日から。
一話一話が、涙腺を刺激する。
ねえ、って、私は思うのだよ。
ちゅうPさんがこんなことを言っていた。
だいえっとちゅうPさんとは、私がボカロPを目指していたころに知り合ったFFさんだ。
私は、ちゅうPさんの想いに、とても共感した。
「何者」
何者。

私が、「何者」かでありたいって思いは、私がこの世に生きていることの、存在証明だ。
私が生きているって、伝えたいから、叫びたいから、私はもがいているんだ。
たぶん私とちゅうPさんは、同じ想いだろう。
本音で生きたい
アニメ、『ガールズバンドクライ』ではバンド内で良く喧嘩をする。
喧嘩。
最後に喧嘩をしたのはいつだっけ?
私の記憶の中では、中学生以来喧嘩なんてしていない。
まるで不良マンガのような、殴り合いの喧嘩だった。
大人になると、喧嘩なんかしないのだ。
めんどうだし、「大人の対応」というものを取ったりする。
でも、そこには、「本音」なんてものはない。
日本人特有の「建前」だらけの世の中だ。
そういうのに、私は疲れてきた。
私は本気で生きたいと思う。
恥をさらせ、殻をやぶれ!
大人。
大人は、とても慎重で賢くて、建前に生きる生き物。
私も大人だが、そういう大人になりたくないって、あの日誓ったのに、いつのまにか殻に閉じこもった生活をするようになってしまった。
それが正しいのかどうかなんて分からない。
でも、そうなってしまったのだ。
そういう風に生きていれば、「らく」だ。
誰も傷つけないから、自分が傷つけられることもない。
誰とも衝突しないから、安全で安心な生活をすることができる。
でもね。
私の中にある「本音」は、「いやだ」っていってるんだよ。
もっともっともっともっと、
私は心を晒したいと思った。
たぶんきっと、そうでもしないと、硬い硬い大人の心に届かないと思うんだよね。
死なばもろとも
私はたぶん大人が嫌いだ。
41歳になってまで、そんなことをいっている精神障害の持ち主だけど、
私は大人が嫌いだっていいたい。
もっと正直で、
もっと素直で、
もっとぶつかっていたい。
そういうことを、アニメ『ガールズバンドクライ』は教えてくれる。

私はいつかみんなで座談会を開けたらいいなって思ってる。
年齢も、性別も、職業も、立場も、全部脱ぎ捨てて、「あなた」を見せてほしい。
私も「わたし」でいるから。
そういう時間があっても、いいよね。
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