終幕

雑文

 祖母の葬儀が終わりました。

 95歳だそうです。長生きです。

 遺影にはだいぶ昔の写真が使われていました。

 その写真の原本にはまだ生まれたばかりの僕が祖母にだっこされているものでした。

 顔だけ切り抜いて合成して遺影が作られていました。

 不思議な偶然なのか、父親が敢えてその写真にしたのか分かりません。

 僕は、孫という立場ですが、葬儀に参加した孫は僕一人だけでした。

 参列者もたった6人だけでした。

 父親と、叔父と、父親の従兄弟3人と、僕だけのとても小さな葬儀でした。

 僕にはきょうだいがいて、兄と妹がいます。つまり、祖母にとっては孫なのですが、葬儀には来ませんでした。

 来ないのではなくて、「誘うことすら出来なかった」のが事実です。

 僕の両親、つまり父と母は、僕が小学生のころに離婚しています。

 そこでもう、親族でもなんでもなくなったのです。

 父親だけが家から追い出され、きょうだいは皆母の方につきました。

 しばらくは父とは音信不通でした。

 だけど僕だけが、別れてから17年経ったあとに父親と再会しました。

 そうしようと決めたのです。

 だってそうでしょう?

 たった一人になるなんて、寂しいじゃないですか。

 仮にも家族だったんでしょう?

 そういう他人を慮る気持ちがどうして母親にも兄にも妹にもないのか理解しかねますが、それは個人の考えなので僕の知ったことではありません。

 でも、再会をしようと決めた僕の選択は正解だったなと今日改めて思いました。

 柩に収められた祖母はずいぶんと元気そうでした。

 ただ眠っているだけのようにも見えます。

 でも、もう目覚めることはないのです。

 小さいな、と思いました。

 祖母との思い出や記憶はほとんどありません。関わりも特にありませんでした。

 ほとんど他人です。

 でもきっと祖母にとってはそうではなかったのだと思います。

 僕が生まれたときのことを知っているし、幼少期のころのことを知っているでしょう。

 どんな思いだったのでしょうか。

 そしてまた、自分の息子が経営していたお店が潰れ、借金を抱え、離婚することになり、家族を失ったことに対して、何を思ったのでしょうか。

 会うことのできなくなった孫たちについて、何を思っていたのでしょうか。

「今日は来てくれてありがとうね。きっとおばあちゃんも喜んでくれていると思うよ。気にしていたみたいだから」と、僕はまったく面識のない父の従兄弟のおばちゃんが僕に言ってくれました。

 質素な葬儀が終わると、6人で柩にお花と思い出の品を入れていきました。

 柩の中が、これでもかというくらいお花でいっぱいになります。

 用意された花をすべておさめると、柩は閉じられました。釘打ちはしないそうです。

 喪主である父が位牌と思わしきものを持ち、叔父が遺影を持ち、僕が骨壷を持ちました。

 霊柩車に柩は運ばれます。

 火葬場に行き、最後のお別れを済ませると、あとは待つだけです。

 コロナのせいか、会食はありませんでした。

 午後の3時に館内放送が流れました。

 骨を拾います。

 台の上には、綺麗に骨だけがありました。

 不思議だなと思います。柩や服や花やチョコレートや思い出の品なんかは一体何処へ行ったのだろう。

 どんな焼き方をしているのか興味があります。

 でももちろんそんなことを職員に聞くわけにもいかないので僕は黙って骨を拾いました。

 すべての骨が骨壷におさめられると、あとはお寺に行くだけです。

 また僕は骨壷を持つ役目を任されました。重いのか軽いのか分かりません。

 ただ、そこに95年分の歳月がしまわれたことを感じていました。

 お寺に着くと、お墓へと向かいます。

 沢山あるお墓の中で、一番高い位置にありました。

 沼津市街と、港の展望門が見えます。

 葬儀屋さんが、お墓に花を添え、開けました。

 そうやって「開く」のかと僕は静かに観察していました。

 開いたお墓の中には二つ骨壷が見えました。白い陶器で、何の模様も入っていません。

 お寺のお坊さんが「だいたい10個は入ります」と言っていたけれど、どうやってその10個を入れるのか謎でした。

 小さな穴しかなかったので、入れるのも整頓するのも難しそうでした。

 僕は骨壷を葬儀屋さんに渡しました。

 どうやって入れるんだろうと観察します。

 普通に前からズズズと入れて行きました。お花が描かれた新しい骨壷が穴の中に入っていきます。

 ちょうどそこに隙間があったのでとりあえず入れてみた。というような適当さが感じられましたが、どうやら違うようです。

「次に入ってこられないようにと一番前に入れるんです」と説明してくれました。

 なるほど! と感心します。

 お墓は閉じられ、皆で線香を上げて、お坊さんが何かを唱えて、すべてが終わりました。

 あれ? 納骨って四十九日が経ってからでないの? と思っていましたが聞くのも面倒だったので何も聞きませんでした。

 お坊さんの説明によると、四十九日まではお墓に位牌を置いておき、その後は本堂におさめるとかなんとか言っていましたがよく分かりませんでした。

 父親もよく分かっていないようでしたがまあそこらへんは大人なのでなんとかなるだろうと放っておきました。

 すべてが終わったのは午後の4時過ぎです。

 解散。

 終わりました。

 そしてそのあと、僕にとってとても大切な作戦を実行しました。

 コンビニへと向かいます。

 目が、すべてを物語っていました。

 具体的な説明も理由も思いも何も言ってはくれなかったけれど、僕には分かりました。

 なんだか喪服を着ていたことが何かの区切りのようでいいなと思いました。

 もうすぐ冬が終わりそうです。

 夜の帳がおりるとともに、物語が終幕を下ろしました。

 ちっとも悲しくないし、残念でもありません。

 訪れた結果は僕が望んでいたものではなかったけれど、やりきった感があります。

 とても清々しい気分です。

 珍しく僕は音楽もかけずに車を運転していました。

 家に着き、玄関の扉を開けて「ただいま」と言いました。

 

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