午前9時、開店準備のため、のぼり旗を立てて、窓ガラスを拭いていた。
まわりに人がいなかったので、私は歌を口ずさんでいた。
『朔』である。
こんな曲だ。
爽やかな朝にまったく似つかわしくない曲だが、私はるんるん気分で口ずさんでいた。
口ずさみながら、私はバンド時代の自分を振り返ってみたりした。
この、『朔』という曲もコピーしたことがある。
私はボーカルなので、歌った。
スタジオで合わせたあとに、バンドメンバーが私にこう言った。
「シャウトだけはうまいね」と。
シャウトだけかいと残念ではあったが、一応褒められたので嬉しかった。
私はシャウトがとても得意だった。
他にも、低音と高音、ヘッドボイス、太い声も細い声も出すことができた。
ところで一応ブログにYouTube動画を貼ったのだが、ちゃんと見れたのだろうか。
この動画は年齢制限がかかっている。
あまり子どもには見せられないものだ。
見てもらえばよく分かると思う。
どうしてこの動画を貼ったのかというと、私が目指していた音楽性を知ってもらいたかったからだ。
Dir en grey、私が憧れていたバンドのひとつだ。
こんな音楽を作りたかったし、こんなPVを残したかった。
こんな風に歌いたかったし、こんな風に叫びたかった。
棘だ、と、思う。
私には棘があった。
全身に棘をまとっていた。
雲丹のようにトゲトゲしていた。
分かりやすく言うと、ハードロック的な音楽をやりたかったのだ。
衣装や化粧にもこだわりたかったし、ライブの演出も刺激的なものにしたかった。
なんだろう。
社会に対しての怒りや、憎しみ、傷ついた心の表現、悔しさ、何かがしたいけど、何もできない自分自身へのわずらわしさ、そういったものを、表現したがっていた。
あれから数十年経ったいま、私はすっかり丸くなった。
棘というものがまったくない。
つるんつるんである。
なんだかロックというよりも、槇原敬之や小田和正、あるいはかぐや姫のような空気になったような気がする。
いまではもう、シャウトすることもできなくなった。
ふつふつと湧き上がっていたあのエネルギーはいったい何処へいってしまったのだろう。
まったくないわけではないが、「表現したい」という気持ちが薄れてしまったように思う。
ある海外ドラマのなかで、彫刻家を目指す若者が薬物に溺れているシーンがあった。
薬物の過剰摂取で倒れる。
「そんなことをしなくても、君には才能があるんだから、ひたむきに彫刻に向き合うといい」と、医者が言っていたが、若者は首を振る。
自分の体はどうなってもいい、だが、作品だけは、歴史に残るようなものにしたい、と、若者は言っていた。
ミュージシャンが、薬物に溺れるケースをたまに見かける。
薬物を摂取することで、インスピレーションが沸いてくるというわけだ。
私は、薬物の乱用を推奨しているわけではない。
ただ、いまの私は、表現者としてこれでいいのかなと悩んでいたりする。
訴えたかったこと、叫びたかったこと、たしかにあったその気持ちが、砂となって零れ落ちた。
残ったものは、砂漠のような茫漠とした景色だけだ。
何もない。
いまの自分の状況に満足してしまったのだろうか。
欠けていたから、埋めようとする欲求が湧く、しかしもうまん丸だったら、ただ浮かんでいるだけで、なんの情動も起きない。
なんだかつまらない大人になってしまったなと思ったりする。
もちろん、いい大人なので、反骨心溢れる若者のままでいられたら困る。
それが、大人になるということなのだろうか。
なんだかよく分からなくなってきた。
自分が何も生み出せなくなってしまったことを年齢のせいにするのはいいわけだ。
刺の無くなったいま、私は何を表現するのか模索する旅に出ることにする。
砂漠だって、いつまでも広がっているわけではないのだ。
コメント
表現とは何もロック(反骨・反体制)だけでは無いと思います。
勿論十代の尖った感情はそれはそれで魅力的な訳ですが、その熱量とは反比例的に深みは少なかったりするかと思います。
『丸くなる』と言う事は歳を重ねると共に、その若さには無かった深みや味わいが増していく事かとも思いますし、何も悪い事ばかりでは無いとも思います。
季節の移り変わりや日が落ちる夕暮れに心が動いたり、自然や世界の在り方に思いをはせてみたり、些細な日常のご飯が美味しい事や雨上がりに見上げた空に気持ち良さを感じてみたりと、若い時には見えなかった感じなかった事柄に気付く事も多々あるかとも思います。
それらの心動かす事象を形にする表現も悪くはないかと思います。
りょうきちさんの言葉の様に、その年代それぞれで感じられる事はその時・その場所にしかない物ではないでしょうか?
今のりょうきちさんが表現する作品を、楽しみに待っていますね。
なぁ~んて駄文・雑文を投下してみまふぅw
では×2ぁ~(=゚ ω゚)ノシ
ふにゃにゃん♪さんコメントありがとうございます。
そうですね。いまの僕にしかできないこともあると思います。
それを今後表現できたらいいなと思います。
いつもありがとうございます✩