職場に新人さんがやってきた。
来月から私は別のアルバイトをすることになるので土曜日のシフトから抜けることになる。
すると、朝の開店準備がHMさん一人になってしまうので、困っていた。
そんなときに新人さんがきてくれたことは「渡りに船」である。しかも経験者なのだという。
今日の朝、9時から2時間、「業務研修」が行われた。
新人さんを教えるのはYNさんだった。
YNさんは面倒見のいい人で、どちらかというと教えたがりである。
お店のルールをしっかりと知っているし、率先してお店の飾り付けをしてくれる人だ。
ハロウィンもクリスマスもYNさんの趣向で飾り付けがされたし、先日YNさんらがお客様から頂いたという竹を使って「門松」まで作っていた。こういう人が居てくれると私は楽ができるので助かる。
適材適所だなぁと私は思った。
新人さんの名はSTと言った。そうなると、お店にはSTさんが3人も居ることになる。
そのうち2人は女性なので新人さんはST君と呼ぶべきだろうと私は思った。
けれど、年上だったらどうしようと少し心配だった。
先日挨拶はしていたので顔と名前は覚えている。
私は開店準備をしながら「どうやって年齢を聞こうか」と考えていた。
開店準備が終わり、控え室で待機をした。
新人さんと話す機会はなく、10時45分からご予約が入ったので私は施術に入った。
施術が終わって、控え室へ戻るとMWさんが居た。
MWさんは今日はシフトに入っていない。たぶん新人さんと話したくて遊びに来たのだろう。
想像どおりで、MWさんは新人さんとお喋りをしていた。
私はいつも居る位置で床にしゃがみこみスマホをいじることにした。
新人さんとMWさんの会話が耳に入ってくる。
どうやら現在どこかの整骨院だか整体だかで働いていて、その上専門学校にも通っているらしい。
しばらくは新人さんのビジョンみたいな話と、整体をやっていて個人で店を開いた経験を持つMWさんのアドバイスみたいな話がなされていた。
「ST君はいま幾つなの?」TMさんがファインプレーをした。
「一昨日で26っす」
「え! クリスマスが誕生日?」
「はい」
年下であることが確定したのでこれからはST君と呼ぶことにしようと私は決めた。
「最悪の誕生日でした」
どうやらその26歳の誕生日に同棲している彼女が家に帰ってこず、男と遊んでいることを知ってそこにST君が入り込み5時間ほど修羅場になっていたらしい。
彼女は22歳で、浮気相手は38歳だった。
「俺と同じやん」と私は思った。
私はTwitterのフォロワーさんに「おはよう」とか「おはありー」とか送りながら耳を半分だけ傾けていた。
ST君は友人知人が多いらしい。遊びに行くことも多く、それで彼女は不安になっていたようだ。
ST君は「友だちと恋人は違う」という認識を持っていて、女友達と二人で遊ぶこともあったそうだ。そして彼女にも「男と遊びに行ってもいい」と言っていたそうだ。
だが彼女は認識が違っていた。
「それは不安になる」と言われ、いまではST君は女友達と二人で遊ぶことはしなくなったという。
だけどある日ST君は友人に誘われてキャバクラとガールズバーに行ったそうだ。
そのことに不満を持った彼女が「仕返し」として浮気をしていたそうである。
いったいそんな女の子の何処に魅力があるのかさっぱりだったが人の彼女のことなので私は黙っていた。
今日、彼女は同棲している家から荷物を持って出て行くらしい。
「まあしばらくしたら帰ってくると思いますけどね」とST君は言っていた。
私はTwitterのすべての返信を終えるとすることがなくなったのでカバンから本を出して読み始めた。
周りのスタッフがST君にあれこれ聞いている。ST君は話す。
よく話す人だなと私は思った。
おかげで、私は何ひとつ聞いていないのにST君のことをよく知ることができた。
私はたぶんST君とは仲良くはなれないだろうと思った。
それは、話を聞いてどんな人か知ったからではない。
初めて会った時、今日挨拶をした時、その時、直感的に「この人とは仲良しこよしにはなれない」ということが分かった。
私の直感は当たる。
それは接客の上でお客様にも当てはまる。
見て、1秒もかからないうちに得る直感で相性が分かる。
それはだいたい当たる。
今日の小一時間でそれは確信へと変わっていく。
ST君の話は聞いていたけれど、私は何ひとつ興味がなかったからだ。
たぶん控え室に二人っきりだったら、ただの沈黙が流れていただろう。
「狼」と私は思った。
私は狼なのだ。一匹狼。群れることを好まない。
なんとなく最近、私は自分がどういう人間なのか分かってきた。
嫌悪にならないようにはしているけれど、積極的に人と仲良くしようとしない人間だ。
昔はそれでもいろいろと他人に話しかけていた。
「どう思う?」と聞かれれば、「こう思う。君は?」という風に返答したりしていたし、知っている人の誕生日は全部スケジュール帳にメモをして誕生日が来ればプレゼントを買ったり祝っていたりした。
遊びに誘われれば行くし、飲み会にも参加していた。
だけどそれは「無理をしていた」ということに気がついた。
無理をして、相手のことを「興味があるふり」をしていたのだ。
無理はよくない。
私は他人のことなどまったく興味がないのだ。
冷たいとか、冷たくないとか、そんなことはどうでもよくて、私はそういうキャラクターなのだと受け入れられるようになった。
受け入れられれば、楽になる。
実際のところ、私には友だちと呼べる人は少ない。生涯で二人しかいない。
友だちと呼んでいた人も、みな去っていった。
携帯の連絡先から「消されていた」し、私も「消した」。
いままではそれを「なんでだろう」と思っていたけれど、それは私がそういう人間だからだということに気がついたのだ。
狼は狼らしく一人で行動する。それでいい。
だからこれから私はST君に何か仕事以外のことで話しかけることはないだろう。
聞かれれば答えるけれど、私からは何も聞かないだろう。
私とST君とでは同じ職場の同僚だが、住んでいる世界が違うのだ。
持っている価値観が違うのだ。
そんなことを、本を読みながら私は思った。
しばらくして、YNさんが私に「悪いんだけど写真撮ってくれない?」と頼んできた。
名札に使うST君の写真だ。
面倒くさいと思ったし、写真を撮るのは苦手だったのだが、YNさんは施術に入らなければならないので断るわけにはいかなかった。
ST君を呼んで壁に立たせる。
YNさんから借りたスマホの画面越しにST君の顔を見た。
「じゃ、写真撮るよー」
パシャリ。
「4、5枚撮るからねー。はい、笑ってー」
ST君はニコリと笑った。
私は笑わずに「いいねー」と言ってシャッターを切った。
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